免疫生物学教室にようこそ!

このページの目的は私たちの研究内容を判りやすく説明することです。ご感想、質問を待っています。


研究テーマ

1.マスト細胞の成熟に伴う機能獲得プロセスの解明

 マスト細胞は骨髄の造血幹細胞に由来する血球系細胞ですが、末梢血中にはマスト細胞の要件を満たす細胞は存在しません。このことは、循環血中ではマスト細胞は前駆細胞として存在しており、組織へ浸潤後はじめてマスト細胞へと分化していくことを示唆しています。また、このことから、マスト細胞の性質はその分布する微小環境の影響を強く受けることが推察されます。近年の病態モデルの著しい洗練により、寄生虫感染やアレルギーのみならず、接触性皮膚炎や自己免疫疾患においてもマスト細胞は重要な役割を果たすことが報告されています。こうした病態におけるマスト細胞の機能を考える上で、それぞれの組織によるマスト細胞のヘテロ性に着目することは有効なアプローチと考えることができます。

 私たちは皮膚組織におけるマスト細胞に極めて類似した細胞を骨髄から得る初代培養系を開発しました。この培養系では、未成熟なマスト細胞が組織型のマスト細胞へと分化、成熟するプロセスを追うことができます。実際、この系で成熟に伴い顕著に発現が誘導された遺伝子の一つであるCD44は、マウス皮膚組織におけるマスト細胞数の維持に関わることを見いだしています。マスト細胞の成熟に伴う変化がどのように起こり、またどんな因子が関与しているかを明らかにすることを通じて、マスト細胞を標的とした新たな治療薬の開発につながることを期待しています。

2.単量体IgE応答によるマスト細胞活性化機構の解明

 近年、マスト細胞のIgEを介した活性化の研究において、従来の概念を覆す発見が行われました。これまでは、IgEが受容体に結合するステップは静的で受動的なものと考えられてきたのですが、一部のIgEクローンでは受容体への結合により抗原非依存的にマスト細胞が活性化することが見いだされました。この応答は「単量体IgE応答」と呼ばれています。単量体IgE応答では、IgE受容体の膜への発現の増加、アポトーシスへの抵抗性獲得、サイトカイン・ケモカインの産生誘導、ヒスタミン合成、遊走といった多彩な応答が報告されています。多くの慢性アレルギー疾患では高IgE血症が見られ、抗IgE抗体による血中IgE濃度の低下はアレルギー性喘息などで著しい効果を示すことが知られています。また、実験的にもある種の接触性皮膚炎モデルでは、IgEやマスト細胞の存在が発症には必須であり、IgEは感作の段階からマスト細胞に結合していることが重要な意味を持つと考えられています。IgEは抗原特異性とは独立して慢性アレルギーを促進する作用があるという仮説は、慢性アレルギーのメカニズムの一端を示しているものかもしれません。私たちはこの応答のシグナル伝達経路を調べ、既に医薬品として採用されている抗IgE抗体に代わる低分子化合物を見つけたいと考えています。

3.ヒスタミン生合成機構の解明

 ヒスタミン生合成酵素であるヒスチジン脱炭酸酵素(HDC)はユニークな細胞内局在性を示します。N-末端のシグナル配列や、膜貫通可能な疎水性領域が存在しないにも関わらず、サイトゾルで翻訳されたHDCは小胞体へとターゲッティングされ、その後プロセシングされます。プロセシングにより得られた低分子フォームはマスト細胞好中球の顆粒に分布します。私たちはHDCの翻訳後プロセシングのメカニズム、およびそれを介した細胞内ヒスタミン合成の制御機構を明らかにすることを目的としています。

4.ヒスタミンを介する免疫制御機構の解明

 近年、ヒスタミンには第4の受容体、H4受容体が存在することが明らかになりました。H4受容体は好酸球、マスト細胞に存在し、遊走を司り、ケモカイン受容体ファミリーによく似た性質を示します。また臓器別では骨髄をはじめとする造血系組織に限局して発現することが知られています。ヒスタミンを介する免疫制御機構に関しては、ヘルパーT応答におけるH1、H2受容体の関与が知られていますが、これら、およびH1受容体のアレルギー作用に加えた、新たな方向性としてH4受容体は大きな可能性を秘めています。私たちはH4受容体を介する免疫応答制御機構に着目しています。


最近の研究成果

IgE 感作によるマスト細胞活性化の解析

 未成熟なマスト細胞のモデルである IL-3 依存性骨髄由来培養マスト細胞において、 IgE 感作により顕著なヒスタミン合成の誘導が起こることを見いだしました。これは HDC の転写レベルでの誘導を介しており、その反応には細胞外カルシウムの流入が必須であることを明らかにしました。また、PKCbetaIIがこの反応において重要な位置に存在することを明らかにしました。従来、マスト細胞の活性化は、抗原による IgE 受容体の架橋が引き金となって起こると考えられていましたが、今回の発見から IgE による感作の段階においてもマスト細胞が転写応答を伴う反応をすることが判りました。高IgE血症を呈する慢性アレルギー疾患における病態形成には、こうしたマスト細胞の機能変化が関与しているのかもしれません。(論文

カスパーゼ9によるヒスタミン合成酵素の活性化

 HDCの翻訳後プロセシングを実行するプロテアーゼは長い間不明でした。癌化マスト細胞株、P-815では酪酸処理によりヒスタミン合成が増大しますが、このメカニズムを追う中で、酪酸処理により細胞死を伴わないカスパーゼの活性化が起こることを見いだしました。さらに、一連の活性化カスパーゼの中で、カスパーゼ9がHDCのプロセシングに関わること、およびその結果ヒスタミン合成能が増大することを示す結果を得ました。近年、上流のカスパーゼは細胞死だけではなく、細胞分化や成熟過程においても関与することが報告されています。マスト細胞の成熟過程において誘導されるカスパーゼが、ヒスタミン合成・貯留の増大に寄与しているのかもしれません。(論文

プロスタグランジンE2によるマスト細胞の接着応答

 炎症反応をおこしている組織では、マクロファージをはじめとする複数の細胞からプロスタグランジンE2 (PGE2)が産生されることが知られています。近年、PGE2がPGE2受容体EP3サブタイプを介してマスト細胞の遊走を促すことが示されています。私たちは、さらにPGE2がマスト細胞のフィブロネクチンへの接着を促進することを見いだしました。この反応もまたEP3受容体を介した応答であり、細胞外カルシウムイオンの流入が必要であることが分かりました。関節炎や腫瘍組織の周辺にはマスト細胞が集積することが知られていますが、こうしたマスト細胞の集積にはPGE2による遊走、マトリックスへの接着が一役かっているかもしれません。(論文

成熟マスト細胞を模倣するマスト細胞培養系の確立とその応用

 マスト細胞研究では、従来、マスト細胞株や、骨髄細胞をIL-3存在下長期培養して得られる骨髄由来培養マスト細胞(BMMCs: IL-3-dependent bone marrow-derived cultured mast cells)がモデルとして用いられてきました。ところが、これらの細胞は、Gi依存性の脱顆粒応答や、ヘパリン、中性プロテアーゼの顆粒への貯留といった点では未成熟であり、皮膚や腹腔の成熟組織マスト細胞とは異なる性質を示すことが知られています。そこで、私たちは従来の培養方法を改良することによって、BMMCsをもとにして、組織結合型マスト細胞(CTMCs: connective tissue-type mast cells)の特性をもつ培養細胞を得ることに成功しました。そして、この培養過程において発現変化を示す遺伝子群を経時変化によりクラスタリングし、マスト細胞の機能獲得や、成熟に関わることが予想される遺伝子群を同定しました。その中で、CD44は成熟過程における細胞増殖に必須であり、CD44欠損マウスは皮膚組織マスト細胞数が減少していることを明らかにしています。CD44はヒアルロン酸受容体であり、皮膚組織におけるマスト細胞数の制御にCD44が関与することは、皮膚のマトリックスの機能と免疫応答を考える上で重要な知見といえます。(論文